INTERVIEW OF Alan McGee

「俺はすべてを失う準備ができていた。
でも俺はすべての面で勝ったんだ」

─ 再び、あなたの存在や発言が注目を伴う状況になりましたね。
まぁ、違和感はあるよね。5月頭にこの『アップサイド・ダウン』のDVDが発売されてチャートで2位になったんだけど、こんなことになるなんて思ってもいなかったし。日本でも公開されるし、BBCで放送される予定もあるし、そういう色んなことすべてがね。俺はただ、風変わりなアートシアター系の映画だと思ってたからさ。

─ そう思ったのはクリエイション・レコーズの伝説がそのまま描かれているからですか?
いや単に、この映画は40、50万ポンドというわずかな資金で作られてて、しかも監督のダニー・オコナーが自ら出資して作ったからだよ。誰もドキュメンタリー以上の何ができるだなんて予想してなかったけど、鮮やかに成し遂げてしまった。アイルランド出身のボヘミアンで、天才だよ。

─ この映画はまさに彼にしか作れなかった、と。
なぜ彼に制作を許したのかというと、2004年にオンエアされたBBC Radio2のドキュメンタリー『ビフ・バン・パウ! ザ・ストーリー・オブ・クリエイション・レコーズ』で、すでにすばらしい仕事をしてたからなんだよ。だから「マジかよ、あいつ俺たちのスピリットをしっかり捉えてやがる。だったらヤツに映画を作らせない理由なんてないよな?」って思ったんだ。ダニーは俺たちと同じスピリットを持ってる。他のヤツらはみんな年代順に事実を並べるしかできなかっただろうよ。いつ何が起こって、何が良かったかなんて知ったこっちゃないだろ? ロックンロール・スピリットはどうした? クリエイションのスピリットは? 他の誰も、どの本も、そのスピリットを捉えることはこれまでできなかったんだ。

─ 制作中にあり得ない、もしくは驚いたことはありましたか?
ダニー・オコナー、朝の2時、スウェーデンはヨーテボリのクラブでアップサイド・ダウン、だな。彼の体の4/5はゴミ箱に埋まってて、外に出ようとしてちょこっと見える足がキックし続けてるんだ。俺はDJしながら彼を引きずり出す羽目になった。DJブースの後ろで寝てたヤツがいて、そいつがデッキから落ちてゴミ箱に頭から突っ込んだのさ(笑)。

─ ノエル・ギャラガーは映画の中で、あの頃のクリエイションに戻れたらなと言っていましたが、あなたも同じ思いを抱くことはあったりするんでしょうか?
いや、まったくない(笑)。俺は辞めたんだ。音楽に戻ることになったら俺にとっちゃ悪夢だろうな。DJだけはやってるけどね。

─ ノエルのオアシスをはじめ、クリエイションはほかのどこにもない魅力と才能を持ったバンドを世に送り出しましたが、それは偶然だったのか、それとも必然だったのでしょうか。
それはおそらくあいつらが、心の底で、俺たちが何にも考えちゃいないって直感的に分かったからじゃないかな。本当にあいつらをどうこうしようって気にかけたことがなかったんだよ。それなのに俺たちのまわりに集まってきてくれた。ただそれだけだよ。

─ もし逆にあなたが気にかけていたなら、こんなに多くのリスクをとったりはしなかったでしょうし、こんなにたくさんのバンドが集まらなかったでしょうね。
その通りだよ。恐らく俺はすべてを失う準備ができていたんだ。でも俺はすべての面で勝ったんだ。たぶん、これは良い人生の送り方なんじゃないかって、今じゃそう思えるよ。

翻訳:箭野 文